学ぶ保険 企業を守るベストアドバイス 第11回(全12回)
使用者賠償責任を適正に担保
税理士新聞 2006年9月15日 掲載記事
中小企業の多くは、リスクマネジメントをほとんど実施しないで保険に加入しています。しかし保険は本来企業リスクを正確に把握し、その上で加入すべきものです。そこで、保険加入前に実施したいリスクマネジメント手法を紹介します。
リスクマネジメントの観点から
従業員が労災事故で死亡、または重度の後遺症を被った場合のリスクを想定した場合、逸失利益や慰謝料などを合計すると最大1億円くらいになります。
政府労災は賃金の1,000日分が前払される仕組みになっています。判例のトレンドは、政府労災の前払される1,000日分のみが損害賠償金から控除されるだけで、損害賠償金全額と政府労災の支払いとの間に大きな不足が生まれます。
労働安全衛生法や規則は非常に細かくルール化されており、建設現場では手すりの高さや足場の組み方などまで決められています。
建設現場で足場から墜落事故が発生した場合に、「高所作業では安全帯を利用すること」、「開口部には防護ネットを張ること」という規定があります。墜落事故が発生するということは上記にあるようなルールに違反しているケースが多いのではないかと推測できます。法違反を犯している企業側は極めて不利な状態となります。
会社には安全配慮の義務
そもそも、労働者を使用する事業者には民法上の責任があり、安全配慮義務(事業者は業務中、身体、生命あるいは健康に対する危険から労働者を守る義務)があるとされています。
労災事故が発生した時、企業側は訴訟で、安全配慮義務を遵守し、労災事故の発生防止について万全の措置をとってきたということを具体的に主張立証しなければなりません。
つまり会社側に立証責任があり、事故現場が安全だったということを証明することになるので、企業にとって非常に不利です。従って訴訟や和解事例は、8割以上の事案で、会社側が負けています。被災者本人に落ち度があって減額されることがあっても、最大リスクは1億円と考えなければいけません。
これらをカバーする保険が「使用者賠償責任保険」です(図・表参照)。
<図1−1/労災事故で従業員死亡と想定した場合の損害賠償額>

<図1−2/労災事故で従業員が重度の後遺症を負ったと想定した場合の損害賠償額>

| 保障の範囲 | 政府 労災適用 |
特徴 | 業種 | 保険料 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 対象 | ケガ | 病気 | 30歳 男性 |
60歳 男性 |
||||
| 団体定期保険 | 業務中 | ○ | ○ | 不要 | 記名式 | 94 | 2,500円 | 10,350円 |
| 業務外 | ○ | ○ | 不要 | (告知は一括告知) 業務外も補償 |
72 | 2,500円 | 10,350円 | |
| 養老保険 | 業務中 | ○ | ○ | 不要 | 記名式 | 94 | 84,450円 | 90,740円 |
| 業務外 | ○ | ○ | 不要 | (告知は加入者全員から) 業務外も補償 |
72 | 84,450円 | 90,740円 | |
| 傷害保険 | 業務中 | ○ | 不要 | 準記名式 | 94 | 820円 | 820円 | |
| 業務外 | ○ | 不要 | 業務外も補償 | 72 | 2,430円 | 2,430円 | ||
| 労災総合保険 | 業務中 | ○ | ○ | 必要 | 政府労災上乗せ補償 | 94 | 260円 | 260円 |
| 業務外 | 必要 | 無記名式、下請負人も補償 | 72 | 1,120円 | 1,120円 | |||
| 使用者 賠償責任保険 |
業務中 | ○ | ○ | 必要 | 同上 企業が賠償責任を負った場合に補償 |
94 | 270円 | 270円 |
| 業務外 | 必要 | 慰謝料・争訟費用も補償 | 72 | 2,890円 | 2,890円 | |||
中小企業の多くが過度な福利厚生
中小企業の多くは、(1)団体定期保険(2)養老保険(3)傷害保険などを活用しています。
まず、人的リスクは業務中と業務外に分ける事ができます。意味合いは、業務中は賠償責任であり、業務外は福利厚生です。
もちろん福利厚生(例えば慶弔規定)も充実した方がいいわけですが、それでは、慶弔規程はいくらが妥当なのでしょうか。
一般的に、大企業の慶弔金規定は、部長クラスで大体30〜50万円です。それが慶弔規定の一般的な金額です。
ところが、中小企業だけはなぜか高額な保険に加入しているのです。中には、養老保険や総合福祉団体定期保険に1,000万円、2,000万円という金額で加入している中小企業もあります。退職金準備だと考えている経営者もいるのですが、退職金は退職金規定で決めた金額があり、保険金はそれとは通常別枠で支払われることになります。
整理すると、「業務中は非常に高い補償が必要」で、「業務外は不要」なのです。30万円や50万円の慶弔金のために保険にわざわざ加入することはないので、こちらは現金支出で十分だということになります。
(1)(2)(3)の保険は記名式のためは全社員をカバーされず、一部の社員にのみ付保しているケースが多くあります。ところが労災事故は、入社したばかりの社員でも、労災事故全体の1割くらいを発生させます。
パートでも臨時雇でも、事故が発生した場合の賠償責任は全く同じですので、補償の範囲は「無記名」である事が重要となります。
(次回につづく)
橋本 卓也
保険サービスシステム株式会社
代表取締役
